阿弥陀岳南稜遭難の誤報2018-04-02

■快晴
 阿弥陀岳南稜の遭難について、「7人全員がロープでつながって滑落した」と報道されたのは間違いで、遭難パーティは2組に分かれて登っていたとの読売新聞の続報。
 当初の報道では「3人が滑落し、続けて4人も滑落した」と伝えられていました。その後、病院に搬送された1人が医師に「7人はザイルでつながっていて、先頭の人が足を滑らせ、全員が滑落した」と証言したことから、各マスコミで「7人全員がロープでつながって・・・」というふうに報道されていました。
 山岳遭難の報道が誤っていることはよくあります。この記事でも、最後の所で「15年にも学習院大山岳部の学生が雪崩で2人死亡・・・」は、雪崩ではなく「滑落」です。滑落した原因は現在も不明のままです。
 もう1点、阿弥陀岳南稜は「毎年のように遭難事故が起こっている難所」というのも誤解を招く箇所でしょう。2014年以後、南稜では年1回ペースで事故が発生していますが、それ以前はほとんど事故は起こっていません。南稜はバリエーションの入門ルート(特に積雪期)で、しっかりとトレーニングされた人には危険なルートではありません。
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滑落「7人一緒ではない」、複数のザイル裏付け
2018/03/31-17:48 読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/national/20180331-OYT1T50030.html
 八ヶ岳連峰・阿弥陀岳あみだだけ(2805メートル)の山頂付近で7人が滑落し3人が死亡した事故で、滑落時に7人が数人ずつのグループに分かれてザイル(ロープ)でつながっていたことが30日、長野県警幹部への取材でわかった。
 県警は7人が一緒に滑落した原因について調べているが、事故から1週間となる現在も詳細は明らかになっていない。
 県警幹部によると、これまでの負傷者に対する聞き取りから、7人全員が数珠つなぎのようにザイルでつながっていたのではなく、数人ずつのグループに分かれていたことが、明らかになった。滑落現場に残っていた複数のザイルからも裏付けられたという。
 7人は大阪府山岳連盟に所属する山岳会のメンバー。負傷者の1人は、搬送先の病院で医師に「7人はザイルでつながっていて、先頭の人が足を滑らせ、全員が滑落した」と説明していた。しかし、同山岳連盟幹部によると、7人が所属する山岳会の代表者は「7人全員がザイルでつながっていたのは間違いで、2グループに分かれて登っていた」と連絡してきたという。代表者は事故直後から県内に入り、負傷者から事情を聞いていた。
 滑落が起きた南稜エリアの標高約2600メートル地点は下から数えて三つ目のピークのため、「P3」と呼ばれる。負傷者は「雪の壁を登っている途中で滑り落ちた」と県警に説明。諏訪地区山岳遭難防止対策協会の高橋政男山岳救助隊長によると、登っていたという雪壁は、仮に先行グループが滑落した場合、後続のグループがよけきれない危険性が高い。そのため、同時に複数グループでは登らず、先行グループが登り切るまで雪壁の入り口で待機するのが一般的だと指摘している。
 南稜エリアは、毎年のように遭難事故が起きている難所。2017年2月には、早稲田大の登山サークルの学生1人が滑落し死亡する事故があったほか、15年にも学習院大山岳部の学生が雪崩で2人死亡する事故が発生した。
*--引用終わり

大田原高山岳部員のブログ2018-03-29

■快晴
 産経新聞の報道記事を見つけて、大田原高校山岳部員(部長)の実名サイトがあることを知りました。
 3月から始めていたらしいです。
 内容は・・・とても良い! ほぼ全面的に共感できます。
 このまま歩んでいってほしい。
 「山の羅針盤」 http://exhibuit.jp/

山岳遭難を偽装した男性2018-03-28

■快晴
 心を病んでいた男性が、雪山遭難を偽装して失踪していたという話。
 レアなケースであることは確かですが、危険を冒して捜索活動を行っていた救助隊員たちはたまらないですね。できる限り早急に県警へ連絡して、謝罪なりの対応をすべきだったと思います。以下のような報道でした。(個人名、地名は伏せ)

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31歳男性と連絡取れず…茂倉岳で遭難か
2017/01/07-13:58 NNN(日本テレビ)
 新潟県湯沢町の茂倉岳に登山に出かけたとみられる兵庫県の男性と連絡が取れなくなっていて、遭難の可能性があるとして警察などが7日朝から捜索している。
 警察と消防が捜索しているのは、兵庫県TY市のNさん(31)。Nさんは今月3日に群馬県内の実家から1人で日帰りの予定で湯沢町の茂倉岳に入ったとみられている。しかし、Nさんが戻らず連絡も取れないことから、6日夜、家族が警察に届け出た。これまでにNさんの軽自動車が茂倉岳の最寄り駅・JR土樽駅の駐車場で見つかっている。
 茂倉岳は群馬との県境付近にある標高1978mの山で、捜索は群馬県側からも行われている。

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兵庫の男性、見つからず 新潟の茂倉岳、遭難か
2017/01/07-21:37 産経新聞WEST
 新潟県警は7日、同県湯沢町土樽の茂倉岳(1978メートル)で遭難したとみられる兵庫県TY市の臨時職員、Nさん(31)を捜索したが、見つからなかった。
 南魚沼署によると、登山ルートは腰まで埋まるほど雪が深く、人が通った痕跡なども見つけられなかった。
 Nさんは群馬県内の実家を3日に出発し、日帰りの予定で茂倉岳に入ったとみられる。登山口に近いJR土樽駅の駐車場で6日、Nさんの軽乗用車が見つかった。新たな手掛かりがあれば捜索を再開する。

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行方不明の地域おこし協力隊員、生きていた 事故装い失踪
2018/03/28-18:05 神戸新聞
 昨年1月、新潟県の茂倉岳を登山中に行方不明になったとされていた兵庫県TY市地域おこし協力隊員=当時=の男性(33)が、実際は静岡県など各地を転々としていたことが、同市などへの取材で分かった。茂倉岳近くの駅駐車場に軽乗用車を止めっぱなしにするなど、山で遭難したように見せかけていたという。
 同市によると、静岡県警や家族らから昨年5月、男性が生存していると連絡があった。同市は協力隊員の委嘱期間が既に終了していたため、公表しなかった。男性は秋に同市を訪れ、「進路などで思い悩み、心を病んで逃げてしまった」と謝罪したという。
 男性は2016年5月から同市のまちづくり協力隊員として活動。同年12月末に群馬の実家に帰省し、17年1月3日に日帰りで茂倉岳へ登山に出掛け、行方が分からなくなったとされていた。新潟県警などが捜索したが見つからず、同年3月末で協力隊員としての委嘱期間も終了していた。
 TY市は「このような形でTY市を離れてしまったことは残念だが、無事が確認されたことはよかった」とコメントした。

トムラウシ遭難不起訴2018-03-11

■快晴
 ツアー参加者7人とガイド1人が死亡したトムラウシ山遭難(2009年7月)で、事故から8年が過ぎた昨年12月、ツアーを引率したガイド3人と主催会社(アミューズトラベル社)の元社長が業務上過失致死傷の疑いで書類送検されていました。
 3月9日、釧路地検は被疑者全員を不起訴処分としました。
 この遭難事故は、初級とは言えないまでも、一般的なレベルの夏山登山ルートで8人が次々に死亡するという、非常に衝撃的なものでした。プロの登山ガイドが3人もついていて、高い料金を支払って参加した登山専門ツアーであったのに、参加者7人が死亡し、リーダーガイドも死亡しました。生還した人も含めて参加者の大多数が「低体温症」に陥ったものでした。
 遭難事故を避けられなかった責任は、まず引率ガイドにあるだろうと、だれでも考えます。その次に主催会社のツアー運営のやり方や、安全管理体制に問題点がなかったかと考えていくのが普通の流れです。ガイドにも主催会社にも責任が問えないなら、個々の参加者がそれぞれ責任を負うことになります。そんなことがあるでしょうか?
 でも、不起訴処分によって、ガイドも主催会社社長も責任が問われないことになりました。釧路地検があげた不起訴の理由は以下の通りです。
・サブガイド2人については、「死亡したリーダーガイドにツアー中止や安全なルートへの迂回を助言する立場にすぎず、助言を聞き入れられなかった可能性も否定できない。2人に事故を回避できる可能性があったとは認めがたい」
・リーダーガイドについては、「ツアー中止などを判断できる立場だった」 ですが、被疑者死亡のため不起訴処分だそうです。
・主催会社元社長については、「(同業他社と同様に)中止の判断は現地のガイドに一任している。現場にいない経営者が全ての危険を考慮し、中止を判断するのは極めて困難」
 以上を見ると、遭難事故の法的責任を問うことが可能なのはリーダーガイドただ1人です。しかし、すでに死亡しているので不起訴にした、ということになります。
 私たち(登山者、一般市民)は遭難事故の原因追究・検証と、再発防止に役立てるために、裁判が行われて、証拠ができるだけ数多く開示されるように期待しています。しかし、裁判は事故検証のためではなく、当事者間の権利の調整のために行われるのでしょう。
 遺族の皆さんも納得できるものではなく、「なぜ犠牲になったのか、本当の理由が何もわからない」など、落胆の声があがったようです。

那須雪崩事故のまとめと教訓-5B2018-03-06

■晴
《高校生の雪山登山を維持する方向》
 国立登山研修所は11月4~6日に安全登山普及指導者中央研修会(高校等教職員研修コース)、12月10~11日には東京で座学のみの高校等安全登山指導者研修会を実施しました。どちらも今年度新設または初めての試みでした。
 那須雪崩事故の科学的研究を行った防災科研等のグループは、県教委や高体連とリンクしながら、要請のあった地域に出向いて雪崩教育プログラムを実施しています。12~2月には福島、宮城、長野、三重、新潟、秋田、群馬で開催されました。これらの県では高校生の雪山登山教育が模索されていくでしょう。
 一方、埼玉、兵庫では、従来行われてきた雪山登山イベントに対して県から中止要請または中止命令が出されました。高校生の雪山体験の道は絶たれてしまいました。
 栃木県では、県教委・県高体連・登山専門部と遺族または被害者の皆さんが、ようやく話し合いのテーブルについた状況のようです。12月15日、県教委から各高校へ、今シーズンの冬山登山を中止するようにとの通知が出されました。高校登山部の活動を再建するには、まだまだ時間がかかるものと思われます。

報告書発表以後の動向

那須雪崩事故のまとめと教訓-5A2018-03-05

■雨
《「報告書」公表以後の動向》
 2017年10月15日に公表された検証委員会による事故調査報告書(以下「報告書」)は、その後の高校登山部の動向に大きく影響することになりました。その内容は、基本的に個人の責任を追及することはせずに、高体連登山専門部はじめ組織の問題点を指摘して、改善への指針を繰り返し強調しているのが特徴です。
 スポーツ庁(2015年文部科学省外局として新設)はこれまで、「高校生の冬山登山は原則禁止」とする通達を出してきました。2017年は特に「報告書」を踏まえた内容で、12月1日付「冬山登山の事故防止について(通知)」を出しています。そこでは高校生の冬山登山を原則禁止とし、「冬山登山」とは主に積雪期登山の意味で、講習会・研修会のような形式も含まれること、時期にかかわらず積雪期特有の危険性を伴う環境下で行う活動、というように明確に記載しました。さらに、高校生等が例外的に冬山登山を行う場合の条件・留意点を、次のように5項目明記しています。
①適切かつ安全な場所での基礎的な内容にとどめること
②複数の指導者が引率し、うち1人は積雪期登山の専門家や有資格者(または準ずる者)であること
③登山計画審査会(仮称)の事前審査を受けること
④校長及び保護者の了解を得ること
⑤生徒への事前指導等を実施すること
 スポーツ庁の方針によって、登山関係者が最も危惧していた「高校生の雪山登山全面禁止」の方向性は、少なくとも今年度は避けられたと言えます。このことは、何より「報告書」に表明されていた結論が、同様の方向性だったことが大きいでしょう。
 また、長野県では早くから、高校生の冬山登山を全面禁止することはあり得ないと表明しており、那須雪崩事故を受けて「高校生の冬山・春山登山における安全確保指針検討委員会」を発足させていました。そこで審議されていた「安全指針」つまり高校生の雪山登山ガイドラインは、「報告書」公表とほぼ同時期の10月26日に策定されました。
 「報告書」、スポーツ庁通知、長野県の安全確保指針は、同じ方向を向いており、高校生の基礎的な雪山登山体験を上記の条件のもとで認めていこうとするものです。それと並行して、登山部顧問・生徒が雪山登山の正しい理論・方法を学習できるように、さまざまな機会を提供しようとしています。(続く)

那須雪崩事故のまとめと教訓-42018-03-04


積雪断面観測
           [積雪断面観測の結果]

《雪崩の発生状況と予測》
 雪崩事故の翌日、防災科研のメンバーが現地に入って積雪断面観測を行いました。そこは事故現場の下部の樹林帯中ですが、積雪表面から約100㎝掘り下げて調べました。
 上図のC(33.5㎝)から下にザラメ雪の層があります。ザラメ雪は一度雪が融けて再昇華したものなので3月25日以前の層、それより上が3月26~28日の低気圧による新雪層です。その中で、B(22~25㎝)の所に硬度が低く密度の小さい層が観測されました。ここが最初に破壊されて表層雪崩を引き起こした、つまり弱層であろうと推測されました。
 雪の結晶の形を見ると、弱層のBは雲粒付着のない板状結晶でサラサラしたもの、上載積雪であるAは、前回の気象で解説したように短時間で急激に積もったものです。

雪崩の種類
           [弱層を形成する雪] 出典=防災科研・中村一樹さん

 那須の雪崩は、弱層形成に続いて上載積雪が増加し、その重さで弱層が破壊されて表層雪崩が発生するまでのプロセスが、南岸低気圧の通過中に起こっているのが特徴です。この時の弱層は、降ってきた雪の形そのものによって形成されているので「降雪系」と分類することができます。雲粒なし板状結晶や、あられが該当します。
 弱層を形成する雪として代表的なものに、表面霜、しもざらめ雪、こしもざらめ雪があります。これらの「霜系」の弱層は、一度積もった雪の粒が変化してサラサラの層になるものです。このほかに「湿雪系」の弱層があり、濡れざらめ雪が該当します。
 降雪の結晶の形は、気温と湿度(水蒸気量)で決まります。板状結晶は-15~-20℃というような気温で、比較的湿度が高い時にできます。弱層になる板状結晶は比較的単純な形(樹枝状などでないもの)をしていて、雲粒付着のないものです。

低気圧と降雪結晶
           [低気圧と雪の結晶] 出典=防災科研・中村一樹さん

 このような雲粒付着のない結晶になりやすいのは、低気圧の北~東側の層状雲からの降雪だそうです。低気圧が通過する位置によって、このような弱層になりやすい降雪があって、その後、低気圧の雪がまたどんどん降ってきて積雪が増え、低気圧の通過中に雪崩が発生する、それがまさに那須の雪崩でした。また、2014年2月に関東甲信~東北地方を襲った大雪の時に、多くの地域で発生した雪崩も同じパターンでした。
 少し異なるパターンとして、低気圧の雪による弱層形成後、それほど積もらずに低気圧が通過して、冬型になってから大量の積雪があって雪崩が発生するケースがあります。上載積雪が低気圧性の雪の場合は、雪崩発生後もサラサラの雪になってデブリが見られません。一方、冬型の雪は結合力が強く、雪崩の跡はブロック状のデブリになります。
 低気圧通過時に発生する雪崩は全事例の3割ほどを占めますが、まだ研究やモデル化が進んでいない分野だそうです。私自身の経験をふり返っても、あまり解説を聞いた記憶がありません。今後、注意深く学んでいく必要があると思います。

那須雪崩事故のまとめと教訓-32018-03-04


低気圧通過と積雪状況
           [天気図、衛星画像、積雪状況]
■快晴
《那須雪崩事故発生までの気象状況》
 ここからの話は、検証委員会とは別に雪崩事故の調査・分析を進めてきた研究グループの発表内容に基づくものです。この研究グループは、国立研究開発法人・防災科学技術研究所(防災科研)、気象庁気象研究所など11機関31人の研究者が参加しており、代表者は防災科研の上石勲さんでした。
 那須雪崩事故の表層雪崩発生に至る気象は、本州南岸を発達中の低気圧が通過して、27日未明から集中的な降雪をもたらしたものでした。アメダス那須高原のデータを見ると、27日1時から積雪が増え始め、約10時間後の11時に積雪34㎝になっています。1時間の降雪量で見ると、3時台に8㎝、6時台に6㎝というように、短時間で顕著な大雪となりました。山麓では前日まで雪が完全に消えて春真っ盛りでしたが、一夜にして30㎝超の積雪で、真冬に逆戻りという状況でした。
 このような大雪は、地形の影響により局地的に起こっていたことが、気象庁気象研究所の荒木健太郎さんにより発表されています。那須の場合ですと、南東にある低気圧から流れ込んだ暖湿流(水蒸気)が那須岳の東面に当たり、斜面を上昇して下層に雲ができた所へ上空から雪が降ってくると、そこで雪が成長するそうです。この時、雪に過冷却の液体の雲粒がくっついて、雲粒付着の雪の結晶が形成されます。
 この時の南岸低気圧は、最初は前線を伴う低気圧1つでしたが、その後東側にもう1つ前線のない低気圧が発生しました。第2の低気圧は那須岳に近く、暖湿流(水蒸気)が強まるとともに長時間持続しました。荒木さんはシミュレーション実験を行って、那須岳を中心とした地域の総降水量を調べました(下図)。結果は那須岳山頂付近の東側に降雪が集中しており、今回の事故現場やアメダス那須高原もその中に含まれます。

那須岳付近の降水量分布
           [降雪は頂上付近東側へ集中]

 このように、南岸低気圧に伴って全体的に降雪が多かったのではなくて、那須岳北東側などで降雪が集中していたことがわかりました。このことは、一般的な天気予報に注意するだけでは予測が難しかった可能性があります。また、降雪集中の現象は那須岳以外に南会津、尾瀬、日光などでも起こっていたことが、アメダスのデータからわかります。
 次に、荒木さんは過去の気象データを使って、今回の大雪がどれぐらいの頻度で起こってきたかを調べました。結論は、3月に起こる気象現象としては約19年に1度となり、かなり稀な現象であったと言えます。しかし、3月以外も含めシーズンを通して見ると、約3シーズンに1度の割合で今回のような大雪が起こっていることがわかりました。
 那須の雪崩事故を引き起こした南岸低気圧通過時の大雪は、3シーズンに1度ぐらい起こっており、それほど珍しいものではなかったのです。

那須雪崩事故のまとめと教訓-22018-03-03


労山会議室
■快晴
《「報告書」で問題提起されたこと》
 那須雪崩事故は、登山部生徒・顧問に雪山登山技術を教える春山講習会の場で起こりました。雪崩の発生が、1班のメンバーによって引き起こされた人為雪崩か、または自然発生的なものかはわかっていません。しかし、1班のメンバーが雪崩斜面に進入しなければ、少なくとも死亡者が出る可能性は低くなっていたでしょう。その意味で、やはり1班の行動が事故を重大化させたと言えます。
 1班が雪崩斜面に進入したのには、いくつもの要因が重なっています。
・教員K、1班生徒、講習関係者全員が雪崩の危険性を認識していませんでした
・1班の生徒たちが尾根上斜面を先行して、教員Kはそれを許容または追認しました
・合意されていたおよその行動範囲は、樹林限界の尾根上に出てそこから引き返すことでしたが、1班はその行動範囲を逸脱しました
・上部をめざした1班に対して、教員Oやその他の人は注意を与えませんでした
・訓練の目的と内容が不明確でした。「ラッセル訓練」のはずが、実際は適当に雪上を歩行する訓練に変わっていました
・実際に歩くルートは講師に一任され、行動範囲も明確に決められていませんでした
・雪山としての危険要素や注意点なども、明確に示されてはいませんでした
 このように、事故の直接の引き金となったのは1班の行動ですが、1班がその行動をとれたのは、講習会全体をおおっていた雰囲気、言わば「慣れ」、「油断」、「ユルさ」といったものが蔓延していたからと推測されます。
 春山講習会は高校登山部(部活動)の一環として行われており、それは高校での教育活動の1つでもあります。絶対に事故が起きてはならず、少しでも事故の危険性があり得る行動は徹底的に避けられなくてはなりません。今回の那須雪崩事故は、絶対の安全性が求められる場において、あってはならない事故が起きてしまったことになります。
 「報告書」ではその問題性と責任の所在について詳細にわたって指摘していますが、最終的には「高体連・登山専門部の計画全体のマネジメント及び危機管理意識の欠如が根源的で最も重要な発生要因」である、としています。つまり、個人(教員K、O、Gなど)の不注意やミスというよりも、組織の根源に横たわる問題を重視し、栃木県高体連・登山専門部に根本的な改革を求めているのです。
 このことは栃木県だけの問題ではなく、全国47都道府県の高校登山部でも同じ問題に直面していると言えます。高校登山部で本当に安全な登山ができるだろうか?――那須雪崩事故は大きく重い問題を提示しています。

※高体連・登山専門部に求められる改革
(1)高校登山部で雪山登山をどのように扱うか方針を決める
(2)講習会実施の際には目標を明確にし、十分な準備と安全チェックを行う
(3)国立登山研修所や山岳関連団体等との連携を図り、指導体制を充実させ、指導者(登山部顧問)の資質向上に努める
(4)登山事故防止のための連絡体制を構築する

那須雪崩事故のまとめと教訓-1B2018-03-02


1班のルート
       [図:1班の登ったルート]

■快晴
《那須雪崩事故の経過(続き)》
 さて、1班14人は横一列になりラッセルしながら、第2ゲレンデ中間部の「一本木」まで進みました。そこから縦一列に変わって樹林帯の斜面を登りました。2年生6人が先で、1年生6人が続き、大田原高校の教員W(雪山初級者)、教員Kがラストでした。
 斜面を登り尾根へ出た所(②)で、生徒の1人が足がつりそうになったので、教員Kは休憩を指示しました。休憩後10分ほど登って樹林帯を抜け(③)、さらに5分ほど進むと平らになり木が数本生えていました(④)。
 1班がこの付近まで来ていた時、さらに上へ向かうのを止めるチャンスが1度だけありました。このとき、2班(9人)は1班の右隣の尾根付近を登って、1班に近い位置まで出て来ていました。教員Kは声の届くぐらい近くに教員Oを見ており、年配者である教員Oに相談して、その後の行動を決めることができました。しかし教員Kはそうしませんでした。
「教員Oに連絡しようと思ったが、教員Oが2人の生徒の名前を大声て叫んでいたため、無線連絡をしなかった」
「そんなに離れていないところを上がっていたので、この場所を経験している教員Oがこちらに気が付いており、もし危険であれば止めてくれるだろうという認識もあった」
 教員Kはそう証言しています。
 1班はなぜ危険な斜面を登り続けてしまったのでしょうか?
 教員Kは、④以降の生徒とのやりとりを証言しています。
K「ここ(④)までにしよう」
生徒(前方のメンバー)「もう少しだけ進みたい」
 5分ほど進み、やや急になる手前(⑤)まで来ました。
K「この先は少し急になるし、滑落の危険があるので戻ろう」
生徒(前方のメンバー)「岩まで行きたい」
 前方のメンバーの間では、岩まで行ったほうが風が防げるという話が出ていました。大田原高2年の生徒たちは冬山、春山の経験もあり、自分たちで判断できる部分もあったのでしょう。真岡高の教員Kは、大田原高の生徒たちを把握しづらかったかもしれません。
 いずれにしても、教員K、教員O、1班・2班の生徒たちすべてが、この時点で雪崩の警戒を全くしていませんでした。

雪崩発生の図
       [図:雪崩発生時の状況]

 その数分後、雪崩が発生しました。複数の生徒によると「7~8m前方、2時くらいの方向(右斜め前)から横に長く大きな亀裂ができて、立っている場所の面全体がずれるような感じで流された」と言っています。
 1班が樹林限界(③)に出てから、雪崩発生までわずか10数分後でした。
 この時、2班は1班の登ってきた踏み跡の方向へトラバース(横断)気味に下っていて、最後尾に付いていた教員Oは、下り始めてすぐ後方から雪崩に巻き込まれました。
 3班(12人)と4班(13人)は1班と同じルートを登ってきていて、③付近で雪崩に巻き込まれました。
 5班(女子7人)は第1~第2ゲレンデ間を移動していて、上部には登らなかったので、雪崩とは無関係でした。
 雪崩は1班全員を呑み込んだ主流と、右隣り(北側)の沢との2つに分かれて流下しました。1班の生徒・教員は主流路が左へ屈曲する②~③中間付近でおよそ15×30mの範囲に埋没し、特に下流部の10×10mの範囲に9人が固まっていました。2~4班の教員たちによっておおむね上流位置から救出されていきましたが、ショベルが少なかったため掘り出すのは大変な作業でした。3人ほどは救助隊が到着するまで発見できませんでした。先に救助された1班の生徒で、救助活動に加わった者もいました。

※遭難事故の結果
 1~4班の講師・生徒全員が医療機関へ搬送されました。
 1班の生徒7人、引率教員1人が死亡しました。
 重症者の傷病名は、低体温、腹腔内出血、気胸疑い、脊髄損傷疑いなどでした。
  心肺停止 重症 中等症 軽症
1班         8              3            1            2
2班                         1            2            6
3班                                                   12
4班                                                   13
計           8              4            3          33