山歩みち 2018春(#028)2018-05-06


山歩みち 2018春
■晴
遅いですが、フィールド&マウンテン社の「山歩みち」2018春号(4月中旬発行)をチェック。¥0のフリーペーパーですが、中味の詰まったミニ雑誌なみの本です。それと、木村編集人の人脈によって数々の有名人が登場します。
・巻頭写真エッセイ石川直樹さん
・新登場いがりまさしさん(春の花図鑑)
・次世代小屋番対談、穂苅大輔さん(槍ヶ岳山荘)、今田恵さん(穂高岳山荘)
・ラーメモ連載北山真(開拓王)さんと、クイズ王木村圭太さん
・ヒマラヤキャンプ報告花谷泰広さん
・ストーンマジック経営を始めた近藤謙司さん
私も真ん中へんに、山岳遭難の話を書かせていただきました。
中味が濃いあまりに、本来のビギナー向け部分が見えにくくなっている感じもありますが、ともあれ、お得感満載なフリーペーパーです。

OUTWORD 2018春2018-05-05

遅ればせながら、モンベルクラブ会員誌OUTWORD(3月発行:表紙写真=岩合光昭さん)をチェックしました。辰野さんと糸井重里さんの大物対談、野田知佑さんのエッセイもありますが、私に興味があったのは次のような記事でした。

outword 2018-spr

(1)山のハウツー講座―ファーストエイドキット
1ページのコラム記事ですが、非常にわかりやすくまとめられています。
セットしたいもの(例):[包帯・ガーゼ・絆創膏・三角巾]、[手袋・ハサミ・毛抜き、ピンセット]、テーピングテープ、キネシオテープ、ポイズンリムーバー、ジッパー付きポリ袋(手当後のゴミ入れ)、エマージェンシーシート
知っておきたいこと:止血、固定、テーピング、キズの手当ての仕方
(2)バーサライトジャケット
この春に新発売された最軽量のレインウェア。10デニールの極薄生地を使っているそうです。男性Mサイズで217g、収納サイズ6×6×12cm、¥14,600
(3)大型バックパック3モデル
この春にモデルチェンジした軽量バックパック。入口をロールアップ方式にして、トップリッド(いわゆる雨ぶた)を取り外した独特の形式です。トップリッドは別売で、従来のパックのように組み合わせることもできます。さらに、本体にフィットする防水内袋が標準で装備していますので、ほぼ完璧な防水性が期待できそうです。

大田原高山岳部員のブログ2018-03-29

■快晴
 産経新聞の報道記事を見つけて、大田原高校山岳部員(部長)の実名サイトがあることを知りました。
 3月から始めていたらしいです。
 内容は・・・とても良い! ほぼ全面的に共感できます。
 このまま歩んでいってほしい。
 「山の羅針盤」 http://exhibuit.jp/

市民が行う里山の調査活動2018-01-20

■曇
 1月20日(土)、以前フェイスブックに情報が出ていた「モニタリングサイト1000里地調査報告会」というイベントに出席してきました。
 略して「モニ1000里地調査」とは、環境省(生物多様性センター)と日本自然保護協会が連携して運営しているプロジェクトです。
 「モニ1000」全体の調査対象は、日本のさまざまな生態系(高山帯、森林・草原、里地里山、湖沼・湿原、沿岸域、島しょ)で、合計約1020カ所あるそうです(2015年)。そのうち里地里山は約200カ所です。今回のイベントは里地里山対象のもので、本格的な調査を開始した2008年以降、10年の節目を迎えての報告会でした。
 きちんと説明すると長くなりますが、端折って言いますと、モニタリングというのは対象エリアの中でどんな種類の生物がどれくらい生息するかを観察・記録することです。
 「モニ1000」の大きな特徴は、実際の調査活動を各地の市民(団体または個人)が担当していることです。里山保護活動を行ってきた団体が多いようですが、ほかにも、地域企業、博物館・動物園、公園管理事務所、大学・高校の研究活動のように、さまざまな主体が調査に関わっているそうです。それらと連絡調整を行う事務局は日本自然保護協会内にあります。
・調査員は、モニタリング調査を実施しデータを提供します。
・事務局は、マニュアルを提供し、説明会や調査講習会を行い、調査内容を統一化します。また、集まったデータを解析しさまざまな形で還元します。
・自治体、企業、地域NPO、博物館または大学、地権者、地域住民などからは、さまざまな協力を得られる可能性があります。
・環境省はプロジェクト全体をバックアップします。

モニ1000里地調査の体制図

 会場には目測150人ほどの出席者が集まって、親密な雰囲気の中にも活気がありました。
 そして、しだいに勘の鈍い私でも、「これは相当コアな人々の集まりなのだな……」と思えてきました。実際に調査活動をしている人たちに加えて、大学や諸団体の研究者などがほとんどではないでしょうか? 私のようなフリーの参加者は相当影が薄かったように思います。
 それでも、第1部の基調講演2題(2時間)、第3部の調査事例紹介3題(1時間25分)、すべて貴重なお話でおもしろかったです。
 特に基調講演の2番目(帝京科学大学・江田慧子さん)で、地道な調査研究を続けてゆくだけでなしに、地域企業との連携、各地の調査研究チームとのコラボ、地権者や農業経営者などを巻き込んでゆく手法、子どもの環境教育への展開など、周囲の人と社会にどんどん働きかけて動かしてゆくという提案は、とても大事なところをついていると思いました。

 今回は仕事とは直接関係なしに、個人的興味から出席しました。
 私の専門ジャンルは登山、クライミングあたりになるのですが、里山と登山・クライミングの関係は深いと思っています。里山環境の大切さが広く受け入れられるような時代になったために、現在の登山ブームがあるのだと思っています。登山、クライミングにかぎらずアウトドアでの遊びは、里山環境に悪影響を及ぼさずに行うという観点が必要になってきていると思います。

調査データの例
       〔データ例:テンとノウサギの調査結果の図〕
テンとノウサギは減少傾向が指摘されました。縦軸は調査初年度を1としたときの相対変化率、カラーの線は各サイトの調査結果、黒太線は全国傾向を表わします/平成28年度里地調査報告書より

参考:環境省モニタリングサイト1000
http://www.biodic.go.jp/moni1000/index.html

除雪のやり方TIPS2018-01-10

■快晴
 年末年始に秋田の実家で除雪を2回(2日間)やりました。そこでわかったことを、忘れないうちに記録しておきます。

 家の敷地は約1000坪です。当初は全部庭でしたが、現在は母の希望で4分の1ほどを畑にしています。畑仕事は母の趣味のようなものです。
 除雪は本宅(母屋?)の周囲を2~3m程度空けて、庭または畑のほうへ雪を飛ばしてやります。ただし、本宅の入口がある南側は来客の車が入る場所なので、小屋までの5~6mの幅を確保します。
 本宅は一枚屋根で、北側と南側へ雪がしぜんに落ちる構造になっています。もちろん、徐々に少しずつ落ちるのではなく、限界まで雪が乗った状態から轟音とともに一気に滑り落ちるので、大変危険なものです。その状況は小規模な雪崩と同じといってよいと思います。
 雪が落ちると、屋根の庇の両側に雪のブロックが積み上がります。以前は器具を使って手作業で雪を運び、沢への斜面下に捨てたものでしたが、体力を使うきつい作業でした。この作業を、除雪機を使ってできるだけ楽にやります。

(1) 第1の図は、敷地全体の見取図です。青のラインを除雪して空けてやります。雪は除雪機で庭または畑のスペースに飛ばします。図中の破線は幅1mほどの歩いて通る雪道です。下の2つは沢へ雪を捨てるときの歩行路になります。
<図1:敷地全体の略図>
除雪の図A

(2) 第2の図は、本宅部分の拡大図です。本宅の屋根から落ちた雪のブロックは、北、南、西側に溜まります。メインの屋根の雪が落ちる北、南側の破線部分は、大きな雪の山になります。これを飛ばすのが一番大変な作業です。
<図2:本宅周囲の略図>
除雪の図B

(3) 第3の図は、山になった雪のブロックを横から見ています。最終的に水平(③)の位置まで下げたいのですが、一気にやると除雪機のキャパを超えてしまいます。2回か3回に分けて雪を飛ばし、下げていきます。
<図3:雪山を少しずつ下げていく>
除雪の図C

(4) 第4の図は、同じ雪のブロックを上から見ています。①~③の順でほぼローターの幅ずつ雪を飛ばしていき、最後の④~⑤で水平位置まで雪を下げます。ひとつの幅について、(3)図のようにそれぞれ2~3回の操作をして、徐々に雪を飛ばしていきます。
<図4:雪山を少しずつ飛ばしていく>
除雪の図D

(5) 本宅の南側のスペースは左右に雪を飛ばす場所がなく、前方にしか雪を飛ばせません。①~③で前方に雪を飛ばしますが、半分以上は敷地内(左側の赤枠)に残ってしまいます。構わずに前方に雪を寄せておいて、次の④~⑥で最終的に畑のほうへ雪を飛ばします。ここでも雪の山が大きい場合は、(3)図のように、それぞれ2~3回の操作が必要になります。
<図5:雪を飛ばす場所が遠い場合>
除雪の図E

 このようにして除雪するのですが、いずれ青ラインの近くは高い雪壁が立ち上がることになります。雪を飛ばすのが無理な高さになったら、雪壁を崩して沢の斜面のほうへ運んで捨てる作業が必要になります。これは1日がかりのシンドイ仕事です。シーズン中に2回か3回、このような雪移動の作業が必要です。
 雪国の生活は、ちょっとした雪山登山も顔負けの、厳しい“雪とのたたかい”が待ち受けているのです。

初・雪山登山2018-01-03


雪晴れ
       〔晴れた〕
■雪→晴
 本日2度目の雪かきを終え、昼ごろには雪がほとんど小やみになりました。
 思い立って、庭の奥にある小さいピーク(?)に登ってみました。
 そこには木が1本立っていて、阿仁川と五味堀(ごみほり)集落が見渡せ、背後に七角(ななかど)山から源五郎岳への山並みが続いています。地形図によると、稜線の向こう側に林道があるようです。いつか行ってみなくては。
 今回はカメラの予備バッテリーを忘れてきてしまい、いま入っているバッテリーは点滅状態になっているので、デジタル一眼での撮影はできません。そうなると覚悟も決まり、写真はスマートフォンで控え目に撮っています。
 晴れたので、庭の雪山からの風景を撮ってみました。
 つくづく、雪山登山で見る風景と同じだと思います。ここで暮らしていると、わざわざ、登山に出かける必要性を感じません。ピークハントとか、ルート踏破とか、そんなことに労力をかけ、危険を冒してまで挑む気持ちにもなりません。
 山は豊かな恵みを与えてくれる場所でもあり、狭い世界へ人々を囲い込む重苦しい存在でもあります。山は生活を包み込むすべてです。
 この土地で生きていくなら、山への理解は欠かせないのではないでしょうか。どんなふうに山と関われば豊かな恵みを引き出せるのだろうか? そんなふうに考えながら生活を組み立てていければよいのではと妄想しています。
 ジオグラフィカを起動してみると山の標高は92mほどで、北緯40度03分、東経140度24分を指していました。標高差10~15m、所用時間10分の雪山登山。。。
 去年や一昨年の今ごろは、どうしても雪の森吉山へ行こうとして、チャンスがあれば阿仁スキー場へ向かっていたのが嘘のようです。
 森吉山は別格ですが、家の周囲にもきれいな雪山風景が広がっていました。

山へのトレース
       〔雪のついた杉林など〕
雪のついた木
       〔誰も登らないトレース〕
源五郎岳方面
       〔旧森吉集落近くにある源五郎岳〕

トムラウシ遭難、ついに書類送検2017-12-31

■曇、晴れ間あり(秋田にて)
 2009年7月に起きたトムラウシ遭難は、悪天候の中、予定通りの登山を強行したツアー登山グループが遭難し、ツアー客7人、ガイド1人が死亡しました。夏山シーズン中に起きた遭難事例としては最大規模の一つとされています。また、登山史上「中高年登山ブーム」(1980年代後半~2000年代半ば)の時代に起こった最悪の遭難でもありました。
 2017年12月27日、北海道警察が、この遭難の男性ガイド3人(1人は死亡)と、ツアーを企画した旅行会社アミューズトラベルの社長(当時)の計4人を、業務上過失致死傷の疑いで書類送検したというニュースが飛び込んできました。事故発生から8年後、公訴時効(10年)まで2年を切っての書類送検でした。
 トムラウシ遭難は非常に衝撃的なものでした。ガイドの責任も当然ではありますが、無謀な登山を強いる原因となったのは、旅行会社と雇用されるガイドとの力関係なのだと、多くの人は感じていました。しかし、それを発言することは難しかったのです。なぜなら、旅行会社と遭難事故の関係を立証することは一般人には難しく、根拠の明確でない発言は名誉棄損で訴えられる可能性があります。旅行会社側からは一切の関連情報は公開されていませんでした。
 事故後、検証委員会がつくられ、調査報告書(中間・最終)が発表されました。この検証委員会は日本山岳ガイド協会が設置し「事故関係者とは利害関係のない第三者で構成した特別委員会」としています。しかし、国や地方自治体が設置する公的な第三者委員会ではありません。また、ガイド協会は引率責任者であったガイドの所属団体であり、委員は全員登山界の著名人でした。登山分野以外での有識者(たとえば法律分野、地元自治体、救助関係者のように)が含まれない意味では、本当に客観的な調査が可能かどうか疑問がありました。報告書は多くの事実や課題を明らかにしましたが、アミューズトラベルに対する調査が行われたかどうかは確認できませんでした。本報告書は、遭難発生と旅行会社との関係が十分には解明できていないと私は思いました。
 予想されたように、報告書発表を境にトムラウシ遭難への社会的な関心は一段落し“騒ぎ”は鎮まってゆくことになりました。報告書を作成した委員の中には信頼の厚い登山界の識者が名を連ねていました。その報告書をベースにした書籍も刊行され、だれでも読むことができます。すべてが一段落して遭難は過去のものになりつつあると思われました。
 しかし、トムラウシ遭難は何も解決されていないと、私は考えていました。
 リーダーガイドは遭難時に死亡、自身も低体温症となったサブガイドは雑誌にインタビュー記事を公表し、自分はツアーを手伝っただけで責任はないと主張しました。もう1人の一番若い地元ガイドは、精神に変調をきたして捜査不可能との噂が聞こえていました。そのような中で、トムラウシ事故の翌年、アミューズトラベルは中国・万里の長城ツアーで再び死亡事故を起こして、その後解散してしまいました。
 このまま終わるしかないのか……と、ほぼ諦めていたのが正直なところでした。
 2018年は特別な年になりそうな気がする、そういう年の暮れになりました。

真鶴半島ハイキング2017-12-10

■晴
 真鶴半島の森歩き、約3時間のハイキングでした。
 半島の先端一帯に保存されている森林は原生林ではなく、江戸時代に植えられた人工林(クロマツ林)が元だそうです。現在はそれが交替して照葉樹林に移っていく途中ということらしいです。狭い範囲ではありますが、森林の迫力は屋久島で感じた以来と思いました。こんなのが車で1時間の場所にあるなんて。
ガイド本:『日本の森100』(山と溪谷社、2014)

森をめぐる道
           〔森をめぐる遊歩道〕
南端の三ツ石海岸
           〔南端の三ツ石海岸、干潮時には三ツ石へ行ける〕
ジオパークのガイド
           〔ジオパークのガイド〕

那須第1次報告書(2)=終2017-07-19

 次の(7)と(8)は、報告書の中心的な部分と思われます(報告書では軽重をつけていません。あくまでも私の捉え方として)。ここには事故発生当日、3月27日の状況が詳細に報告されています。講習会3日目(最終日)は、生徒計46人、教員9人で実技講習が行われました。そのうち5班は下部のゲレンデ内にいました。樹林帯斜面より上部に登った1~4班の生徒計40人、教員8人が雪崩の被害に遭いました。
 各班はそれぞれの(主講師の)判断で自由に行動していました。何の訓練のために、どのルートを登下降するかは、明確に決められてはいませんでした。また、雪崩も含めて危険箇所などの共通認識はありませんでした。
 講習内容を主講師に一任されている状況の中で、先行していた1班は樹林帯を登り切ってまだ時間に余裕があったため、さらに上部をめざしました。そこは上部に「天狗の岩」の岩峰が見えるオープンな(樹木などがない)斜面です。事故発生後に専門家が「典型的な雪崩斜面」であると指摘した場所です。
 8時40分、傾斜がやや急になる手前で止まりました。主講師が「戻ろう」と指示すると、複数の生徒が「岩まで行きたい」と言い、「天狗の岩」まで登ることにします。
 8時43分、雪崩が発生して1班全員が流されました。樹林帯を抜けて上部に来ていた2~4班も雪崩を受けましたが、自分たちで脱出するか救助することができました。その後2~4班の教員らは1班の救出作業を行う一方、無線機で本部への連絡を試みますが通じず、携帯電話は低温のため使用できませんでした。
 1班の行動に関する記述以後、報告書の内容は詳細を極めています。2~5班それぞれの行動、事故後のセルフレスキュー、連絡と混乱、遅れた救助要請、各高校への連絡、保護者への連絡、逆に保護者側の受け止めと行動、消防や山岳救助隊の行動と、さまざまな調査された事項を省略なしに淡々と記載しています。遭難事故の発生がどれほど多くの人々の流れと混乱を引き起こすことになるかが知られ、事実のもつ重さに圧倒されます。
 最終的に、心肺停止状態8人、重症~中等症7人(低体温1、低体温・腹腔内出血1、脊髄損傷疑い1、胸痛・気胸疑い1、左大腿部痛3)、軽症33人が、病院に搬送されました。
 雪崩発生が、1班の行動により起こされた人為雪崩か、自然発生的なものだったかは、現時点では不明とされています。そして、より重大な事実として、現場にいた48人、さらには下にいた5班の生徒・教員、本部にいた責任者教員も、講師・生徒全員が雪崩の危険性についてほぼ認識していなかったことが明らかになりました。
 中間報告書は事実関係を明らかにすることに重点が置かれています。9月の最終報告書では事故の発生原因や改善点を集約した提言としてまとめられるということです。

那須第1次報告書(1)2017-07-19

■晴
 6月30日に発表された、那須雪崩事故の中間報告書(第1次報告書)を読みました。
 実際に読んでもらえばわかることですが、報告書は遭難事故に関連した膨大な事実関係を、軽重の評価が入らないように配慮しつつ、ほぼ時系列で丹念に記載しています。生徒の個人名は完全に伏せられ、講師の教員名は欧字で書かれています。年齢などの個人情報に属するものは記載されていません。
 最初の部分で遭難事故の概要と、事故検証の過程が説明されています。
 続いて「4」以降で、調査された事実関係が記載されています。まず、(1)講習会概要、(2)高体連と登山専門部、(3)春山安全講習会、(4)講習会実施までの経緯、(5)講習会実施内容――の順番で記載されています。
 ここまでは遭難事故発生以前のことです。通常の山岳遭難の報告書であれば「登山計画」について説明する部分にあたります。そして、ここまでの事項について項目(6)を立てて、「これまでにわかったこと」及び「問題点等」としてまとめています。
 ここには問題点として指摘された項目のみ列挙しますので、詳しく知りたい方は報告書を読んでください。
 ア.伝統的行事への慣れによる危機管理意識の低さ
 イ.講習会の計画実施に関するチェック及び指導体制の欠落
 ウ.班構成における生徒と講師の所属の不一致
 エ.講師の選定基準の曖昧さ
 オ.組織体制や意思決定・情報伝達方法等に対する共通理解の不十分さ
 ここに書かれているのは、遭難事故発生の伏線となった重要なことです。
 遭難事故そのものの検証に先立って、講習会を主催した高体連登山専門部の組織と講習会の実態について、厳しい指摘が行われています。遭難事故を実際に起こしたのは個々の人間のミスによってですが、その背景にあった組織の問題点が改められなければ、担当する人間が変わっても、事故は再びくり返されるのではないでしょうか。
 個人の責任追及だけで終わらせるのではなく、組織の構造的な問題と遭難事故発生との影響関係まで踏み込んでいる点は、検証委員会の視点の確かさを感じました。(続く)